「これをマンガ作品の候補として挙げるのは間違いだとわかっていますが、マンガ読みとして、昨年最も心を揺り動かされた一冊でした。19歳で戦死した特攻兵が、予科練などから、家族に描き送ったまんがと手紙を収録した本。それがかなりユーモラスでうまい。手塚治虫より3つ年上ですが、生きていたら「漫画少年」あたりでデビューしたかもしれない。個人的に衝撃を受けたのは、彼が子どものころの手塚さんのように、ミッキーマウスを普通に描いていること。アメリカを撃つための訓練をしている航空兵の卵が、一方で大好きなミッキーをお守りみたいに描いているという矛盾。いや、矛盾ではないのかもしれない。まんがを描くという行為は、彼自身の安寧のためでもあり、心配する家族を安心させる手段でもあった。マンガが持つ「本質的な力」のようなものを感じました。それだけに、最後のくだりはあまりにつらい。稲泉連さんの解説は行き届いて淡々として、ことさらに悲憤に訴えていないのが本書の価値を高めています。あの時代、きっと数多くの手塚治虫がいたんだろうと思う。その声なき声が、今の戦後マンガを作ったんじゃないかとさえ思います。」